
宇宙に関わる人材の発掘・育成を推進する「ぐんまスペースアワード2025 宇宙パネル討論会・座談会」(上毛新聞社主催)が3日、前橋市古市町の多目的複合施設「JOMOスクエア」で開かれた。討論会にはコーディネーターを務めた九州工業大大学院工学研究院特任准教授の前田恵介氏ら5人が参加。座談会には同アワード協賛社のトップら4人が加わり、「産官学共創による宇宙『産業』と『人材』の育成」をテーマに、宇宙産業の現状や将来、求められる人材について意見を交わした。
■座談会
専門学校から宇宙人材 中島氏
特別な業界当たり前に 木村氏
チャンスつかめる時代 佐々木氏
問題解決の経験重ねて 高橋氏
―会社の事業紹介を。
佐々木 当社はIHIグループの航空・宇宙・防衛機器に関する設計、製造、販売を手がける「IHIエアロスペース」の子会社になる。元々は技術者の派遣や製造設備事業などを行っていた。現在はそこから発展し、宇宙関連製品の設計、解析支援、試作品の製造実験、工場の自動化などを担当している。
高橋 気象防災事業と宇宙防衛事業が二つの柱。気象防災はアメダスのような気象観測機器や地震の計測機器など。宇宙防衛はロケットや人工衛星などに搭載する電気機器センサー類の設計開発から製造試験まで行っている。
中島 県内で専門学校9校と通信制高校1校を運営している。グループの情報やデザイン、電気に特化した技術を学べる中央情報大学校が、本年度から文部科学省の委託を受け、スペーステック(宇宙技術)人材の育成プログラムの開発と検証を実施する。
木村 前橋市に本社を置くIT企業。長くコンピューターに携わってきて、私自身は宇宙に詳しいわけではない。ただ、県内の若い人たちが夢を持って勤められる会社を考えた時、それが宇宙産業だと思い、GSAに関わるようになった。
―宇宙産業の現状と課題、各社の取り組みについて教えてほしい。
佐々木 宇宙だけでなく親和性の高い航空と防衛の3分野にわたり技術開発などに取り組んでいる。右肩上がりに伸びている産業と言える。
高橋 パートナー企業や民間の会社と特殊センサーを開発しているほか、観測機器を多数載せる衛星プロジェクトを進行している。観測機器の開発もJAXAさんや大学の研究機関と共に取り組んでいる。
木村 宇宙とは関係ないかもしれないが、今、課題だと考えているのが本物のエンジニアが少ないこと。下請けに仕事を任せるところが多く、頼める場所もあまりない。きちんと育てていかないと、そういう仕事はどんどん海外に行き、日本の力が弱くなるのではないかと心配している。
◎サプライチェーン
―宇宙に関連するサプライチェーン(供給網)構築の課題と解決策とは。
坪井 県の宇宙事業のほか、自動車サプライヤーの支援事業を担当している。トランプ関税で不安を感じている各サプライヤーから、新事業参入を希望する声がある。宇宙産業に興味を示している企業もあるが、やはりハードルが高いと感じているようだ。それら企業と宇宙関連企業をつないでいけたらと思う。
前田 企業が持つ技術の大半は宇宙産業でも通用する。先行する九州では、企業に対して行政が①訪問して状況を聞く②試作③補助金を得て開発―と段階的に支援を行う体制ができている。衛星の部品を作るメーカーは1カ所に集中もしている。体制が整えば誰でも参入できる可能性はある。
◎人材育成
―人材育成や確保についてどんな取り組みをしているか。
佐々木 人材確保には、かなり力を入れている。当社は生産工場を持たないエンジニアリング事業を主体としているため、人が財産だと考えている。一人一人のスキルを高めるための育成事業も重要視している。内閣府作成の宇宙開発人材の育成を目的とした指針「宇宙スキル標準」の活用も視野に取り組みたい。
高橋 地元の学校や大学から積極的にインターンシップを受け入れているが、人材の確保はなかなか厳しい。企業そのものの魅力を高めるほか、こうした場を活用して広くPRする必要があると感じている。育成に関しては、IHIグループ企業との人事交流がある。社内では各部署を回るジョブローテーションや、チームで仕事をしてベテランから仕事を学ぶ機会をつくっている。
木村 当社で宇宙人材を育てようという考えはない。ただ、県内にはIHIさんをはじめ宇宙に関係する会社がたくさんあるので、そこを目指す人が増えてほしい。ある会社では、人材育成のための新しい会社を作ったと聞いた。そうした取り組みも参考にして、他の業界にも目を向けられるようになるといい。
平社 学生は宇宙業界に入るには高い学力が必要だと勘違いしている。システムの設計から運用・保守まで総合的に行う人材がいなければ立ち行かない。単に専門性を高めるのではなく、守備範囲が広い学生を育成し、産業界につなげていきたいと思う。
佐々木 宇宙事業と言っても高学歴ばかりが必要なわけではなく、さまざまな役割がある。やる気と根気があれば、その人に合った仕事は必ずある。
福代 当社は東大発の技術を基盤とした企業ではあるが、東大卒の人材ばかりが必要なわけではない。ソフトウエア開発では高卒のエンジニアが活躍している。高専卒も同様で、やる気と根気がある人材を歓迎している。
中島 スペーステック人材の育成プログラムでは、これから3年かけてどんなカリキュラムや人材像を作るかを産官学で進めていく。きっかけとなったのがGSAで、技術者が足りていない現状を知り、専門学校としても取り組むべき要素があると挑戦を決めた。宇宙業界は仕事内容や職業像が見えづらい。明確にしながら、働いてみたいという若者を増やしていくことも事業の目的だと思っている。業界にいる皆さんに意見をもらいながら群馬モデルを作っていきたい。
◎今後の展望
―宇宙産業の盛り上げに向けた今後の展望は。
木村 私は45年前にソフト開発を始めた。当時は特別なものだったが、今は誰でも普通にパソコンを使う。宇宙も今は特別な業界と思われているかもしれないが、必ず当たり前の時代になると思っている。
坪井 宇宙業界の方や高専生の貴重な意見を聞くことができた。行政が支援できることを考えていきたい。
福代 取りあえずやってみるということが大事だと思う。この機会に群馬の企業とのつながりを大切にしたい。
内木 今までの宇宙研究開発はイメージで言うと芸術品。つまり、その道の匠(たくみ)が担ってきた。産業になるということは同じ品質の物をたくさん作れるということで、普通の人が宇宙を選択肢に入れる時代だと思う。特殊な能力は必要ないが、仕事をしていくと必ず修羅場が訪れる。それをなんとかして乗り越えると根性が身に付く。そんな経験を重ねていってもらいたいと願っている。
前田 修羅場と決断力を鍛える場面を若いうちに経験してほしい。GSAを通して場を提供するのが私たちの務めだと思っている。
平社 早いサイクルで失敗を繰り返せるのは、科学技術の発展において大切なことだ。学生には失敗を繰り返して成長してほしい。
高橋 会社にはいろんな仕事があり、学歴は関係ない。リーダーシップを取ったり、さまざまな場面で問題を解決する経験を重ねて、宇宙業界でも他の業界でも進んでいく人が増えてほしい。
佐々木 宇宙産業は拡大している。やる気と実力があればチャンスをつかめる時代になった。皆さんと盛り上げていきたい。
中島 専門学校で宇宙を学びたい人が増え、育った人材と採用したいところをつなげるハブとなれるよう、しっかりと準備しながら良い事業にしていきたい。学校では「やり抜く力」を育てることも大切にしている。さまざまなことにチャレンジしながら、失敗しても諦めず最後まで取り組みたい。
◎群馬高専生の声
▼実際に衛星を開発している中で、やる気や根気で乗り切ってきた部分もあるので、必要だと強く感じるが、それを鍛えようという教育プログラムは今の時代にはそぐわないかと思う。うまく折り合いを付けるアイデアがあったらうれしい。
▼宇宙産業や衛星開発を学んでいると言うと、周りの友人からハードルが高そうだと思われることが多い。大学や研究機関以外でも、宇宙に関わる人材の育成や教育が行われることで、いい意味でハードルが下がる。産業面でも、企業が主要産業の副軸として、宇宙分野に応用できれば世の中へのアピールポイントになる。社会全体で機運が高まってビジネスにつながっていければいいと思う。
■パネル討論会
民間の参入で広がり 内木氏
本当の産業化始まる 福代氏
人工衛星の製造検討 坪井氏
若い人材の教育必要 平社氏
多様な人材構成目標 前田氏
ぐんまスペースアワード2025宇宙パネル討論会では、まず宇宙産業の現状と将来について話し合った。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の内木悟氏は「宇宙開発を民間企業が担うようになり、ロケットの打ち上げコストも下がっている。民間がサービスを提供するビジネスモデルができつつある」と指摘した。その上で国は宇宙戦略基金をつくって予算を確保し、民間の技術開発や事業化支援を始めたと紹介。宇宙産業の裾野を広げるには、売り上げが立つビジネスモデルが大切だとして、主力事業を維持しながら派生事業として展開する方法が有効とした。
超小型人工衛星や地上局整備、関連部品の設計・製作などを手がけるアークエッジ・スペースの福代孝良氏は「本当の産業化・商業化が始まったところ。日本のものづくりの力を出せる」と話した。同社は人工衛星をパソコンなどのデバイスと同じ感覚で使える環境構築を目指している。「地上デバイスやアプリケーション開発も含めた総合的なビジネスモデルが重要」と強調した。
宇宙産業への参入は県内企業にとって大きな課題だ。県は「ぐんま航空宇宙産業振興協議会」や「ぐんまスペース&エアロプロジェクト」などを通して後押ししている。県地域企業支援課ものづくりイノベーション室の坪井博史氏は「衛星データの利活用に注力してきたが、人工衛星の製造への参入可能性なども検討したい」とした。
幅広い分野で深刻化する人材不足は、宇宙産業も例外ではない。群馬工専の平社信人氏は、業界が成長していて売り上げを増やせる好機であるにもかかわらず、人材が足りないのが現状だと見る。「宇宙への情熱があり、精神的にもタフな人が望まれ、工業高校や工業高等専門学校などから若い人材が入れる仕組みができつつある」とし、今後は産業界と直接結びついた実践的な教育が必要だと指摘した。
九州工業大大学院の前田恵介氏は「研究者だけでなく、現場で働く技術者や政策立案者など、さまざまなレイヤーの人材が必要。自動車産業などにならって多様な人材構成を目指すべきだ」と締めくくった。
■参加者
【討論会】
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙戦略基金事業部長
兼新事業促進部長
内木 悟氏
アークエッジ・スペース
代表取締役CEO
福代孝良氏
県産業経済部地域企業支援課
ものづくりイノベーション室
技術開発係長
坪井博史氏
群馬工業高等専門学校
機械工学科教授
平社信人氏
九州工業大大学院工学研究院
宇宙システム工学研究系
特任准教授
前田恵介氏
【座談会】
IHIエアロスペース・エンジニアリング代表取締役社長
佐々木純氏
明星電気宇宙防衛事業部技術部長
高橋 宏氏
中央カレッジグループ
学校法人有坂中央学園理事長
中島慎太郎氏
テクノリンク代表取締役社長
木村文映氏
■協賛社メッセージ
【カーリット代表取締役兼社長執行役員 金子洋文氏】
◎日本の宇宙開発支える
当社は渋川市に工場を持つ化学メーカーです。H3ロケットなどのロケットブースターに使われる固体推進薬の原料「過塩素酸アンモニウム」を国内で唯一製造しているオンリーワン企業です。「ロケットから吹き出す炎の一部は群馬県で製造されている」。このことを広く知っていただくため、ぐんまスペースアワードに参加しました。
現在、宇宙開発市場の拡大に伴い、ロケットを宇宙に飛ばす固体推進薬の需要も急増しています。当社は国内唯一のメーカーとして日本の宇宙開発を支えるべく、工場の生産能力増強や推進薬の研究開発など、新たな取り組みを進めています。
私たちは未来の宇宙開発を担う子どもたちの応援を通じて、新たな価値創造にまい進してまいります。
【三幸機械代表取締役社長 石井健介氏】
◎未来の技術者を育成
当社は、高崎市で大物精密部品加工を手がける企業として、宇宙ロケット分野における高精度部品の製造に多数携わっています。大型5軸加工機、ターニングセンター、大型研削盤、溶接など、日本でもトップクラスの設備を備え、難加工材や特急対応といった高い要求にも応えられる体制を整えています。
「お客さまの受け皿会社」を目指し、どんな依頼も断らず、技術と信頼で応えることを使命としています。現在「100億円企業宣言」を掲げ、技術力の高度化と人材育成を軸に、次世代に誇れる企業づくりを進めています。県内の関連企業や教育機関と連携しながら、群馬から宇宙産業の発展に貢献し、子どもたちに宇宙の魅力とものづくりの面白さを伝え、未来の技術者を育てていきたいと考えています。
【数理設計研究所代表取締役 矢澤正人氏】
◎宇宙産業けん引期待
当社は宇宙ロケットや人工衛星などの開発や製造を通じて宇宙産業に携わっています。高度な技術や知識もある程度必要ですが、それ以上に、基本に忠実であること、誠実であることが徹底的に求められます。
宇宙産業というと理学や工学の側面が目立ちますが、生産管理、品質管理、安全管理、工程管理、文章管理などの領域こそが主役なのではないかと感じています。プロジェクトマネジメント、プロダクトマネジメント、ブランディングなどの文系的あるいは商業的な概念も必須です。
宇宙産業ではこれら全ての領域において人材の発掘育成が急務となっています。ぐんまスペースアワードが、近未来の宇宙産業をけん引することを期待し、応援しています。
掲載日
2025/10/28
